猿田彦大神庚申堂 (豊島区巣鴨4丁目)

猿田彦大神庚申堂 (豊島区巣鴨4丁目)
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住所:豊島区巣鴨4丁目



祭神:庚申猿田彦大神、甲子大巳貴神、巳己少彦名神
   道祖神、寿命神、金神、塩竃神、幸神、縁神、船玉神

例祭日(平成23年):一月一日(元旦祭)、一月五日(初庚申)、二月三日(節分祭)、三月六日(例祭)、五月五日(大祭)、七月四日(例祭)、九月二日(例祭)、十一月一日(例祭)、十二月三一日(納庚申)

由緒:江戸時代に書かれた「遊歴雑記」によると、もともと文亀三年(1502年)に建てられた高さ八尺の「庚申待供養板碑」があったが、明暦三年(1657年)江戸の振袖火事の復興資材を運ぶおり、碑に立てかけた竹木が倒れ、碑も割れてしまった。そこで同明暦三年(1657年)もとの碑は塚の下に埋め、高さを低くした碑を再建した。これが現在本殿に祭られている「庚申塔」である。戦前は町会事務所を合築した堂宇であったが、昭和19年(1944年)戦災で消失。仮堂を経て昭和四十六年(1971年)[昭和四十七年(1972年)の記述もあり]本堂を再建、昭和四十九年(1974年)には手水舎、平成三年(1991年)には山門が建てられた。
 前出の「遊歴雑記」や「江戸名所図会」によると、この地は巣鴨庚申塚と呼ばれ、中山道の江戸と板橋宿の間の立場として、よしず囲いの茶店などがあり旅人や人足で賑わったという。茶屋には藤の花をきれいに咲かせているところもあって評判となり、花の頃に小林一茶も訪れ「ふじだなに 寝て見ても またお江戸かな」と句を詠んでいる。
 また庚申塚に猿田彦大神が祀られているのは、明治初期に千葉県銚子市の猿田神社から猿田彦大神を分祀したためである。

 境内には案内板や由緒書きの碑が複数あったので、それぞれより抜粋要約しました。
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以下、写真および雑感

 猿田彦大神庚申堂は巣鴨駅からとげ抜き地蔵のある賑やかな通りをぬけた先の交差点にあります。近くには都電荒川線の「庚申塚」駅もあります。
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 庚申信仰は、その始まりは中国道教で日本では仏教・神道とも習合し、民間信仰として発展しました。ここでも、入り口には、鳥居ではなく仏教風(?)の山門があります。
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 狭い敷地ですが、碑や手水舎が並び、崇敬の厚さを示しているようです。
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 使いの猿です。よくあるように「見ざる、言わざる、聞かざる」の三猿が彫られています。
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 猿の脇には、お百度参りのための標があります。堂のすぐ前です。
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 手水舎も立派なものですが、立派なだけではなく、丁寧に手入れされているようです。
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 堂も境内も大きなものではありませんが、信仰の場として、史跡として人を集めています。
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写真撮影:平成23年11月08日
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by st22 | 2011-11-21 19:30 | 寺社