高松柳稲荷神社 (豊島区高松2丁目)

高松柳稲荷神社 (豊島区高松2丁目)
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住所:豊島区高松2丁目



祭神:詳細はわかりませんでした。「お稲荷さん」でいいのでしょう。

例祭日:九月第二土曜日・日曜日
    一月第二日曜日の賽の神(ドンド焼き)、二月初めの初午

境内社:地蔵尊

由緒:
 高松稲荷神社は、もと地元農家の屋敷神でしたが、高松に共同で祀る神社がなかったことから、この地に移し、高松の鎮守としました。
 当神社は大正九年(一九二○)に地元の旧家一○名と近隣者の協力、寄付により建造されました。その記念碑が境内に建っています。
 高松(当時は北豊島郡長崎村字前高松・字高松)の鎮守となって以来、八○坪強の境内には広葉常緑の高木が生い茂り、近隣住民から「お稲荷さん」として親しまれ、信仰を集めてきました。なお境内角にある地蔵尊は、延享四年(一七四七)ここより東側の板橋との境近くに造立されてあったものです。
 その後高松は閑静な住宅街として発展しましたが、当神社では現在、正月の初詣、一月第二土曜日の賽の神(ドンド焼き)、二月初めの初午などの行事が行われています。また九月第二土曜日・日曜日の祭礼には、山車と神輿が町内を練り歩き、高松地域の人々の心のよりどころなっています。
 豊島区教育委員会
境内設置案内板より抜粋
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以下、写真および雑感

  静かな住宅地の中にあります。付近には狭い道路しかないのでとりわけ静かです。
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 神社の一番前には案内板に紹介されていた地蔵尊があります。台座には「講中 為二世安楽 十三人」と彫られています。
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 神社は、敷地も社殿も小さなものです。入り口にはわずか二段の石段があるのですが、その脇の石に大正十年(1921年)の文字が入っています。創建が大正九年(1920年)ですから、翌年につくられたようです。
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 「稲荷神社建築寄附連名」、創建時の碑です。
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 手水舎は質素なつくりです。水盤には、欠落してすべては読み取れないのですが、「紀元二千五百三(?)」や「明治」の文字が入っています。皇紀2530年代だとすると、西暦の1870年代のものということになり、大正10年(1921年)の創建より40年以上前になります。
 屋敷神としてあった時代のものでしょうか?
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 拝殿前にいる狐は新しいものなのでしょうか、かわいらしい感じがします。
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 社殿です。柱には「お願い」として、ここで遊んでもいいけど気をつけて遊びなさいというような事が書かれた紙が貼られています。神社の斜め前が公園になっているので神社で遊ぶ子供もいるのでしょう。この注意書きの署名が「高松稲荷神社」となっています。「柳」が抜けていますね。これで気がついたのですが、高松・前高松のお稲荷さんなら「高松稲荷神社」で十分な気がします。案内板を見直すと、最初は「高松稲荷神社」と書いています。どういうことでしょうか?創建時は碑にあるように「稲荷神社」と呼んでいたように思えます。
 「柳」が抜けていることよりも、なぜ入ってるのかが気になります。
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 境内にある水道です。下にあるのは、古いタイル張りの流しでしょうか?今はなかなか見ないものですね。
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写真撮影:平成23年11月02日
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by st22 | 2011-11-26 20:44 | 寺社