日枝神社 (豊島区駒込1丁目)

日枝神社 (豊島区駒込1丁目)
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住所:豊島区駒込1丁目



祭神:大山咋神 合祀:素戔鳴尊、大巳貴尊、少彦尊

境内社:日吉稲荷神社

由緒:
 旧上駒込村字新屋敷の鎮守。東側が開けていたことから江戸時代は「朝日山王宮」と呼ばれていた。
 祭神は大山咋神を主神とし、素戔鳴尊・大巳貴尊・少彦尊を合祀している。
 「新編武蔵国風土記稿」は、慶長年間(一五九六~一六一四)以前から祀られていたとする説を紹介している。
 風土記稿編纂当時の神主は沢田近江といい、先祖の大江免毛が万治三(一六六○)年からその任にあったとしている。また、元文元(一七三六)年に大江大夫橘為稠によって再興されたとする説があるほか、延享元(一七四四)年に本社が造営されたという記事が「武江年表」・「新編江戸志」などに見られる。
 江戸時代の小日向の僧、津田敬順は、その著書『遊歴雑記』の中で、神主の沢田近江の居宅からの眺望が最もすばらしいと述べている。また、「実に雅人の愛すべき土地」といい、歌人や俳人が来訪して宴を楽しみ、自らも沢田の居宅で茶を楽しんだことも記されている。
 境内には、明和二(一七六五)年の銘がある手水鉢があり、鳥居の脇には、正面に「右朝日山王宮」と刻まれた、文久元(一八六一)年のものと思われる道標がある。また、「傳中親睦会」と刻まれた石柱があるが、これは古い鳥居の一部である。「傳中」は「殿中」とも書き、上駒込村の字の一つで、六義園が柳沢吉保の屋敷だった頃、将軍綱吉の御成を待つ供の様子が、あたかも殿中の様であったころから、その一帯をこう呼ぶようになったという。

二○一○(平成二二)年二月 豊島区教育委員会
境内掲示案内板より
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以下、写真および雑感

 日枝神社は駒込駅に近く、周囲はオフィスビルやマンションが並びます。神社の前まで来た道路はそこから階段となり、かなりの高低差を下っていきます。
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 境内の端から、階段下の交差点を覗いたところです。高いです。
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 案内にある「右朝日山王宮」と刻まれた道標です。前の柵がじゃまですね。
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 境内は木が少なく開放感があります。しかし、狛犬・社号票などは、脇に寄せられているような感じです。境内のかなりの部分を駐車場として使っているためでしょうか。
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 案内に言及されていた鳥居の柱部分です。
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 洞の特徴的な木があります。
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 拝殿はなく、比較的最近作られたと思しき本殿があります。
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 本殿の左手には、日吉稲荷神社があります。
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 手前の水盤は、明和二年(1765年)のもので、奥にある小さめの水盤は昭和六年(1931年)のものです。なんだか、昭和のものの方が古そうです。
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 上が明和二年、下が昭和六年です。
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 本殿は、質素と言うか、そっけなさを感じるくらいだったのですが、こちらは熱心な崇敬者でもおられるのか、たくさんの狐がいます。
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 散りぎわの花が印象的でした。
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写真撮影:平成23年11月16日
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by st22 | 2011-11-28 20:54 | 寺社