天祖神社 (豊島区目白5丁目)

天祖神社 (豊島区目白5丁目)
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住所:豊島区目白5丁目



祭神:わかりませんでした。(天祖神社ですから、たぶん天照大御神だと思います)

境内社:一社ありますが、詳細はわかりませんでした。

由緒:
 天祖神社の創建は約二百年前である。境内の手水鉢の刻字から文政十一年(一八一○年)頃と証明される。又神社の規模は手水鉢からみて相当なものと推測される。氏子は江戸時代から大荒椎(オオアラシ)と呼ばれた大和田、荒井、椎名町の地域の住民で部落の鎮守称とされ、折々秋祭り等も共同で行われた。田と畑の平地の中の茅葺き農家の人々の収穫の祈りと喜びを捧げる神社であった。近年は地域の名称も南長崎三丁目北部、南長崎二丁目、南長崎一丁目、目白四丁目、目白五丁目と呼ばれる。最近五十年は神社も激動する時代の直撃を受け数奇な運命を辿った。昭和二十年(1945年)春の戦災により全焼廃墟となり終戦を迎えた。戦後世相も生活第一で神社軽視の風潮が強く多難の時が続くが次第に生活が安定すると共に、郷土見直しの声が起きた。昭和四十二年(1967年)に明治百年を記念して氏子有志の非常なる努力で、社殿境内の復興ができた。そして平成八年山手通り拡幅による社殿撤去、境内削減の状態から二年后 平成十年(1998年)十一月ここに新しい天祖神社が誕生した。これは長崎神社宮司、氏子総代及地元有志各位の熱意ある奉仕と努力で完成したものである。昔の人は社殿で町の豊かさを知り、鎮守の森で町の人々の心の豊かさを知ったときく、私達も豊かな心で新しい鎮守の森を創りたい。やがて迎える二十一世紀のために。
 平成十年十一月吉日

境内設置石碑より。( )の西暦はブログ作成者による追記。
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以下、写真および雑感

 この神社は、山手通り沿いにあります。境内は、山手通りとそれに合流する道路に挟まれた三角形になっています。
 山手通り側より
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 山手通りと反対の道路側より
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 三角形の頂点に背を向けるように本殿があります。
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 玉垣などは山手通り拡幅に伴う工事で新調されたのでしょうか、新しいものです。
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 狛犬は古いもののように見えますが、台座は新しいようです。年代はわかりません。
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 神輿庫や倉庫があるところには隣の建物を隠すように木があります。
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 倉庫と木の間に、古い玉垣か鳥居かわかりませんが、一部が残されていました。昭和三年(1928年)ですから、戦前のものです。戦後の復興新築のときに残されたのでしょうか、それとも山手通り拡幅時に置かれたのでしょうか?
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 こちらは、山手通りの反対側の入り口です。
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 碑に書かれている水盤です。
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 社殿は新しく、個人的にはやや面白みに欠けると思いますが、これから神社としての雰囲気が醸成されていくのでしょう。今でも、大きな通りのそばにありながら、静けささえ感じるような緑の空間は神社ならではのものだと思います。
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写真撮影:平成23年11月09日
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by st22 | 2012-02-14 18:01 | 寺社