東山藤稲荷神社 (新宿区下落合2丁目)

東山藤稲荷神社 (新宿区下落合2丁目)
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住所:新宿区下落合2丁目



祭神:宇迦之御魂大神、大宮能売大神、佐田彦大神

由緒:
当社は、かつて此の地方を統治された、清和天皇の皇孫源経基という御方が、今より約一千百年前、醍醐天皇の御世、延長五年【927年】初午の日に京都稲荷山より勧請御遷宮申し上げた御社であり、「藤稲荷神社」「富士稲荷神社」とも申し上げております。
当社は源経基を始め、源家一族の守神として大変厚く信仰されました。その由縁は、当時平将門が謀逆を企てた折、当東山稲荷の大神様よりその旨御神託あり、経基は早速忍者を走らせ調査した処御神託の通りだったため、帝の許しを頂き、これを平定致しました。この功により、帝より源姓を賜った経基は、以来東山稲荷神社を源氏の氏神として一族で崇敬することとしたと伝えられております。
やがて時代の流れと共に、武家のみならず庶民の信仰も厚くなり、「知恵と勇気」を御授け下さる福徳の神様として、その信仰者は農商業、芸能方面と広く江戸市中関東一円に増えていったとのことです。

御祭神
宇迦之御魂大神(うかのみたまのおおかみ)
伊勢神宮外宮と御同神といわれ、衣食住の大祖神にましまし、一家の和合、商売繁盛を守護する神様です。
大宮能売大神(おおみやのめのおおかみ)
神楽舞踊の始祖神にましまし、歌舞音曲、長寿を守護する神様です。
佐田彦大神(さだびこのおおかみ)
交通、通商貿易を守護し、万事善方に導いて下さる神様です。

     東山稲荷神社々務所

境内掲示の説明書きより。【 】ブログ作成者注
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 江戸名所図会には以下のように紹介されています。
藤杜稲荷社 同所、岡の根に傍ひてあり。また東山稲荷とも称せり。霊験あらたなりとて、すこぶる参詣の徒多し。落合村の薬王院奉祀す。

『新訂 江戸名所図会4』ちくま学芸文庫より。



以下、写真および雑感


 東山藤稲荷神社は、高田馬場駅より徒歩10分程、おとめ山通りから一つ入った道の突き当たりにあります。神社へ至るを曲がらずに少し先へ進むとおとめ山公園となっており、付近の通りも緑が多くなっています。おとめ山通りの入り口に新宿区による標柱があります。
おとめ山通り
江戸時代、おとめ山一帯は将軍家の狩猟地で一般人の立入が禁止されていたため御留山(おとめやま)と呼ばれていた。

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 おとめ山通り沿いに東山藤稲荷神社の旧地と思しき囲い地に神社の社号碑と掲示板、古い鳥居の柱の一部と思われるものがあります。
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 おとめ山通りを一つ曲がり、東山藤稲荷神社へと至る道に入ると、突き当たりに赤い鳥居が見えます。
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 階段の上、斜面のなかばに神社はあります。
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 階段を上ると赤い鳥居の先に社殿が見えます。
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 社殿の手前に社務所があります。
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 境内の左手は森がすぐそこに迫っています。社殿は昭和45年(1970年)に造られたようです。
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 参道の左手にある奉賛碑には、社殿の建設に関して以下のように記されています。
東山藤稲荷神社の御創立は今を遡ること壱千四十四年前延長五年二月清和天皇の皇孫経基が京都伏見稲荷神社を御遷し申し上げたお社にて江戸期造営の社殿は昭和二十年五月二十四日太平洋戦争の戦火にて焼失昭和四十五年十一月崇敬者の奉賛により御造宮同月八日氷川神社に御動座中の御霊代を新殿に御遷し申し上げる
   昭和四十六年六月吉日

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 wikipediaの東京大空襲の項によると、昭和20年5月24日の空襲は、東京が受けた106回の空襲のうち、俗に「東京大空襲」と言われる3月10を含め5回あった大規模な空襲の一つだそうです。社殿焼失の経緯について詳細は記されていませんが、この空襲で焼失したのでしょうか?



 社殿の方から境内の入口方向を見たところです。水盤が写っていますが、他にも植え込みの陰に隠れるように古い石狐などがあります。
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 水盤は素朴なものですが、寛延三年(1750年)の奉納のようです。
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 古い仏像?や石の扁額、燈籠の部分らしきものや、欠けた石狐などがおかれています。
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 参道の反対側には、古い玉垣の部分や、鳥居の柱と思われるものがあります。
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 入ってくるときには気づきにくいのですが、入口の門の脇には狐がいます。
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 石狐そのものは昭和五十四年(1979年)の奉納ですが、台座部分は文化十五年(1818年)奉納のようです。奉納した世話人などが記されているようですが、横に「蜀山人書」とあります。
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 狂歌などで知られる蜀山人(大田南畝)の書のようです、少しインターネットで調べたところ、詳しく解説されているサイト(大田南畝の落合めぐる月見散歩コース。 [気になる下落合])がありました。こちらのサイトでは東山藤稲荷神社についても別に興味深い考察をされています。

 境内入口の階段のところにも、寛政十年(1798年)奉納の水盤があります。
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 江戸名所図会に描写されたように江戸期には多くの参詣者で賑わっていたであろうことを想像させる奉納品が境内には散見されます。
 個人的には、あまり整理されていないようなのが少し残念です。今後、江戸期の賑わいを少しでも取り戻していくように願っています。

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写真撮影:平成24年05月13日
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by st22 | 2013-02-09 20:36 | 寺社