亀ヶ池辨財天 (北区赤羽西1丁目)

亀ヶ池辨財天 (北区赤羽西1丁目)
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住所:北区赤羽西1丁目



祭神:亀ヶ池辨財天

例祭日:辨天大祭 4月1日

由緒:
 ご案内
 亀ヶ池辨財天は弁天通り共栄会商店街振興組合をはじめとする地域住民で組織されている後援団体辨天講の皆様方のご協力に依って維持管理しております。
 亀ヶ池辨財天は教宗法人静勝寺の鎮守として同寺の辨天堂に安置されてある亀ヶ池辨財天を勧請して祀っています 毎年四月一日の辨天大祭には静勝寺住職が祈願導師を勤め家内安全諸願成就の祈祷札を講中及奉納の皆様に配布してます。
 元旦 初詣 二月の節分会等地元の繁栄と平和のための諸行事を取り行います。昭和五十五年 静勝寺のご後援ご指導のもと辨天講々中地元の関係者の誠意溢れる信仰心により本寺静勝寺の辨天堂に安置しております尊像を写した木彫の分体を斯道の大家「西山如拙翁」に依頼して昭和五十六年四月一日辨天例大祭に御遷祀開眼の法要を営み地元地元繁栄と家内安全諸願成就御守護の神辨財天辨財天佛像を御堂に祀っています地元の守り神様として皆々様の家内安全、商売繁盛、交通安全、良縁、安産息災、入試合格等ご参拝の上御祈祷・御祈願下さい。
 特に、昭和五十八年十月吉日亀ヶ池の中には長寿の亀子宝安産亀辨天様を安置致しました。どうぞ、お願いが成就するよう御参拝下さい。
 辨天講は今後とも一層積極的に管理守護に務めて参る所存であります。皆様方の御理解とご支援御愛護宜しくお願い申し上げます。  以上
 昭和五十八年十月吉日
     辨天講

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 北区観光ホームページ(亀ヶ池弁天)でも簡単に紹介されています。

 浮間わいわいネット(亀ヶ池弁天)には、弁天像や例大祭の写真があり、詳しく解説されています。また勧請元である静勝寺の弁天堂やそこに安置されている弁天像の写真も掲載されています。


以下、写真および雑感



 亀ヶ池弁財天は、赤羽駅から5分ほど歩いて、弁天通りから少し入ったところにあります。弁天通りに面して門のようなものが弁天通り共栄商店会によって建てられています。
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 弁天通りの赤羽駅方面を見たところです。店舗などが多くあります。比較的古くからの店が多いように思われます。
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 こちらは、弁天通を挟んで亀ヶ池弁財天の反対側の路地です。奥に階段が見えますが、この奥は、ちょっとした小山のようになっています。太田道灌が築城したとされる稲付城の跡であり、現在は亀ヶ池弁財天の勧請元の静勝寺があります。
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 路地に入るとすぐに、亀ヶ池弁財天が見えます。道路に沿うように、マンションのわきにあります。
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 屋根付きの門の先に橋が架かっており、その先に祠があります。
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 門の左手側には、水盤・燈籠・鏡があり、「亀ヶ池辨財天境内改修工事奉納者芳名録」が掛けられています。
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 覆い屋の中に祠があります。狛犬のように、石造りの亀が置かれています。
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 左側の上部分には絵馬が掛けられています。
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 その下に、説明が書かれています。
此神様は七福神の中で唯一人の女神様で正面に祭られている本尊様の分身であります
私達に幸多かれと常にお守り頂く神様でありますから悩みごとがある方は熱心に祈願して念願成就の節は上段に備付の札に願ったことを書いて折釘に差して下さい
御注意 御病氣等の場合は御姿にフレて御願い下さい
但し御顔にはフレないで下さい
願事の一例 家内安全 病氣全快 商賣繁昌 入試合格 無事就職 縁組成立 安産 子供さづかる

 絵馬には「願う事」を書くのではなく、成就したときに「願った事」を書くのが作法のようです。
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 池には亀がたくさんいます。
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 幟旗です。
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 表の弁天通りから入った道は、亀ヶ池辨財天の横を通って、さらに続いています。
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 坂を少し上がると丁字路になっていて、北区教育委員会による「弁天池の坂」の標柱があります。
 亀ヶ池弁財天の西から南に赤羽台団地へ上る坂で、昭和三十四年(一九五九)から始まった赤羽台団地の造成にともなってできた新坂です。かつては、亀ヶ池弁財天から東北に登る坂があり、これを池の坂といいましたが、団地造成の時になくなりました。坂名は、この池の坂と亀ヶ池弁財天にちなんでつけられました。亀ヶ池は大正元年(一九一二)十一月にほとんどが埋立てられ、現在はわずかに亀ヶ池弁財天にその名残りをとどめています。

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 標柱の後ろには、この地域の伝承を記した大きな掲示板があり、「稲付の餅搗うた(赤羽西)」、「雨乞いの龍神(赤羽西・西が丘)」、「担いで来た神殿(赤羽西)」、「馬に乗った大蛇(赤羽西)」の四つの物語が記されています。文章を読むことは可能ですが、絵の部分は傷みが激しいようです。
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 こちらが、「弁天池の坂」です。
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写真撮影:平成24年03月10日
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by st22 | 2013-10-02 18:06 | 寺社